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ふと湧き起こった「人生は面白い」という感覚 [その他の話題]

先週の金曜日のことでした。仕事が早く片付いたので、上司と一杯やりに行きました。年に2、3回行かない近所の焼き鳥屋があるのですが、そこでしか飲めない日本酒もあったりして、お酒自体は楽しめました。

ところが、上司との会話がひょんな方向に行ってしまって、「来週から接客も手伝ってもらうから」という話になってしまったのです。それがこの記事を書くことの発端です。

「接客」、実は私が苦手に感じていることなのです。私は若い頃からソフトウェア関係の仕事、パソコン相手にじっくりと一つの製品を仕上げるような仕事をしていて、自分でもその仕事が好きでした。

その頃も一人で顧客先を訪問して、製品のフォロー、サポートのようなこともしており、特に対人恐怖症というわけではありません。ただ、自分から積極的に相手にアプローチする、まあ「営業」というのでしょうか、そういうことは人にも言われるし、自分でも向いてないなと昔から思っていたのです。

残念ながら勤務していた会社は倒産し、今はソフトウェアの仕事は細々と続けながら、短時間ではありますが、もう一つ別の仕事もしています。「接客も・・・」はその別の仕事の方の話です。

話は少し変わりますが、ここ数年で私自身の家庭や仕事の状況が大きく変わってきました。幸い、生死の境をさまようような大病をしたとか、家などの全財産を失なったとか、多額の負債を抱えるとか、そこまでの状況になったわけではありません。ただ、世間的な基準でみれば「失う」方向への変化ではありました。

そういう状況変化の中で、自分を見失うことなく今日まで平穏無事に過ごせているのは、若い頃からのスピリチュアルな学びがあったからだと自分では思っています。その視点から自分自身に「この環境の変化の意味は何だろうか、どんなメッセージが込められているだろうか」と問い続けた時期がありました。

そしてある日のこと、突然頭の中に図形的なシンボルのようなものが浮かんできました。ほんの一瞬のことです。それは、富士山のような山を上空から眺めたとして、その9合目あたりに糸をかけて、その糸をプツンと引っ張るような、そんなイメージ、ビジョンでした。

私はそれを「余計なものをそぎ落としなさい、自分の中にあるこだわりを手放しなさい」というメッセージとして受け止めたのです。スピリチュアルな表現で言えば「エゴと向き合いなさい、葛藤を手放しなさい」ということでしょう。自分が何故そう受け止めたか、それはうまく説明できませんが、自分では何かの導きだと都合よく解釈しています。

その一瞬の啓示のような体験があったこともあり、先に書いた「別の仕事」として、私は敢えて自分が苦手とする領域を体験できそうな仕事を選びました。自分の中のエゴと対峙するにはそれがいいと感じたのです。決心すると不思議なもので、それに見合った仕事が見つかるものです。

さて話を元に戻します。「来週から接客も手伝ってもらうから」という話ですね。自分から決心した方向にそって人生のプログラムが動いているということなのですが、やはりいろいろな思いが心の中をよぎり、週末はなんだか落ち着きません。別記事で書いている「想念観察」の視点でみれば、明らかにその不安の原因はエゴなのです。「それはわかっているんだけど」というやつです。

何日間か瞑想する静かな時間の中で、また、普段の生活の中でも「こういう感情的な不安を解消する方法はないものだろうか」という問いを発信していました。

そうするとある日、瞬間的にある言葉が頭の中に湧き上がりました。「面白い」、この一言でした。何だかよくわからない一言なのだけど、しかし、その言葉のメッセージを受信した瞬間、全身が反応した気もしました。「なるほどね」という感じと言えばいいのでしょうか。

多分、これは想念観察をしている「観察の主体・奥の自分」が、日々の生活の中で楽しんだり、悲しんだり、喜んだり、泣いたりとエゴに振り回されて騒々しい「表面の自分」の珍道中を眺めながら、暖かく見守る気持ちで「面白い奴だな」とつぶやいている、そんな一言ではないのかなと観じました。

「人生は面白い」、現実に苦しみ悩んでいる人を前に使う言葉ではなく、自分が自分に対してだけ使える、そういう言葉なのでしょう。人生を別の次元から俯瞰するような、私には思いもつかなかった一言、視点です。こういう視点に切り替えただけで、「何でもござれ」のような気持ちになれた、なれるから不思議です。

この1週間は過ぎてみると、案外楽しく「やればできるものだな」という感じで過ごせました。自分でもちょっとだけ自信がついて、堂々としてきた感じです。私のミスではなかったのですが、お客様に「大変申し訳ありません。おっしゃるとおりです、ごもっともです。」などと頭を下げることも体験させてもらいました。

この珍道中これからも続くことでしょう。それがこの先どのようなものになるかわかりません。しかし、珍道中の目指す方向、これはわりとはっきりしているのです。今までの学びの中で「なるほど」と思った言葉をお借りすると
・自然の仕組みに適って調和のとれた方向
・自分はさておき、ひとさんを
・利他主義
こんな方向です。

今生でどこまで進めるかわかりませんが、最終目的地だけ見失なわないようにして、あとは地道に一歩ずつ淡々と進んでいくだけです。



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コメント 2

Zacky

自分の思っていること、考えていることと
同じことを
明快に書いてくださっていると
思いました。

こういう文章を読むと、
すっきりしますねえ。ある種快感です。
ありがとうございます。
by Zacky (2012-04-22 09:08) 

まいな

Zackyさん、こんにちは

書き終えて、自分の文章を読んでみて、自分自身もすっきりした感覚があります。Zackyさんも同じように感じていただけのなら、私もうれしいです。

素敵なコメント、ありがとうございます。
by まいな (2012-04-22 15:52) 

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